我的杯子に詰め込まれた我的輩子の話です。

つれないやつ

いつもの野良猫、いつものダンボール、いつもの時間。

でも、最近は面白くないのです。

去年、お兄ちゃん代わりの猫を亡くしたキジトラが、しばらくは寂しかったのか私にも懐いてくれていたのに、最近は新入り猫にベッタリだからです。キジトラが一人でいる時におやつを持って行っても、食べなくなりました。仲良し猫が一緒だと食べます。仲良し猫は一粒のカリカリも残さない食いしん坊ですが、キジトラはもともと食べ物にがっつくタイプではなかったのです。いろいろな人がいろいろなご飯やおやつをあげているらしいので、舌が肥えてしまったのかもしれません。

キジトラの態度が変わったのは、私が3日ほど行かなかった後のことです。いつも寄っていく金曜日の夜、予定変更で映画に行ってそのまま帰宅したのです。3日あけるなんて珍しくないことですが、以来、ご機嫌が悪い。いや、その後、キジトラの目の前で猫村さんみたいな白猫に私が近寄って行ったからでしょうか。よくわかりませんが、こちらが気づかないうちに不機嫌の導火線を踏んでしまったようです。

今夜もキジトラは仲良し猫に毛づくろいをしてもらって安心しきった顔で寝ていました。人間の都合で猫生を左右されるのはまっぴらとでも思っているのでしょうか。私は結構あなたに振り回されてますけどね。

夜活

エアロビのクラス、私はいつも言われた通りの動きをしていないから叱られるのだけど、昨夜は基本の動きはできていたか、そうしようと努力している様子は見えたみたいで、右と左を混乱して時々モタモタしても先生のご機嫌はとても良かったです。

この先生、叱る時はあっても褒めることはあまりないと思っていたら、褒めたくなるぐらい嬉しい時は彼女のダンスの動きと声が大きくなります。そして、嬉しすぎて次の動作をよく間違えます。

あ~間違えた、ごめん、ごめん、と全然反省してない先生は、生徒の人気者です。

月曜の夜はエアロビの後にズンバが続きます。昨夜のズンバでは先生の掛け声がひときわ大きく、それに続く生徒の掛け声も大きく、たぶん、隣の部屋で自転車漕いでるおじさんたちからまたクレームが来ますね。でも音楽や声が小さいと面白くないのです。私たち、家でできないことをしたくて来ているのだから。顔をしかめてスタジオを覗き込むおじさんも、一緒に踊ってみればよいのです。

結局昨夜は終了時間をオーバーして先生が叱られたようですが、私は初めて少し上手くなったかも感を実感できた一日でした。

先生、加油よ。下周見。

月曜日は市場へ出かけ・・・

朝一番で税金の申告をしに行った。会場で30分並んで番号札をとったら、すぐに個別ブースへ連れていかれてスマホで申告。電子データだけが政府に飛んで行った。私は番号で管理されている。椅子にも座れず長い時間立ちっ放しのおじいちゃんやおばあちゃんが大勢待つ会場を後にして、街へ出た。

本屋に立ち寄ったら、お客さんはほとんどが退職したサラリーマンといった風情の人たちだった。目の前にあった樹木希林の本をちょっと立ち読みした。この人、無駄がないなあ。エッセーはどれも短い。短すぎるくらい短い。喋りすぎない女性は素敵だ。本の写真の希林さんはどれも美人だった。今日は希林さんを買う気にならなかった。

本屋の先に眼鏡屋さんがある。気になっていた黒縁の眼鏡を買おうか迷いながらお店を覗き込むと、いつもの店員さんが見当たらなくて、入るのをやめた。

初めてのお店でジプシーっぽいスカートを試着してみて、買うのをやめた。

商店街をぶらついて、雀荘の下のラーメン屋さんに入った。お昼の後、奥行きのある雑貨屋さんに入り、手触りの良い日本製のタオルと、数十匹の猫が描かれたエコバックを買って、市場に行った。

市場の中は狭い通路。お店の人と地元のお客さんと観光客が、無秩序に歩きたい方向に歩き、勝手に立ち止まり、誰かの進路を妨げる。どこかのおじさんが台車を押して来たと思ったら、ぶつかる前にヒョイと横の路地に消えていく。ついこの間、地元のテレビ局が紹介した角打ちのお店には、月曜日の昼だってお客さんが何人もいた。お店の前を通る人たちが、看板に向かってシャッターを切る。しゃがんで暖簾の下から中を覗き込む観光客もいた。向かいの八百屋さんでは、大きな葉付き大根が一本100円、白い苺もあった。この市場、鮮魚屋さんが増えた気がする。観光客に交じって行列に並び、サバを買った。胡椒をたくさん乗せたチーズケーキとふわふわのクロワッサンも買った。

家に着いて、台湾で買った珈琲豆を挽いて熱々の珈琲を淹れ、大音量でクイーンを聴いていたら、電話がけたたましくなった。

ご近所から騒音の苦情かと思ったら、職場からの電話だった。メール連絡でも全然問題ない話。でも、電話したくなる時があるのよね。

友だちからのメッセージを開いた。年に一度の近況報告をする人。半年に一度の近況報告をする人。来週ペルーに行くらしい。来月トロントに行かないかと誘われた。行かないよ。一路平安。

平和な一日です。夜はエアロビに行きます。

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ボーイズ、ストップ・イット!

男の子の扱いは難しいです。

大学生になっても反抗期。猫も反抗期。いつまでも意地を張って隠れていると、鰹節のおやつ、カラスに盗られますよ。

ご機嫌が悪いのも、いい加減にしてほしいです。

All we hear is radio gaga, radio googoo

このところ映画鑑賞が続いております。

いつもはDVD派の私が1週間のうちに映画館2回は珍しいことです。

ボヘミアン・ラプソティ。あまりに評判であったのと、ちょっと落ち着かなかった金曜日の夜と、ギリギリだけど滑り込めた最終上映時間のおかげで、クイーンの物語を観ることになりました。

クイーンを知ったのはラジオ。聞き始めたのはいつかはっきりしませんが、中学に入った頃には帰宅してFENを聞くのが日課になっていました。周りの大人は英語がわからなかったから、私がどんな曲を聴いていても誰も気にしませんでした。うちの隣は英語塾でしたが、そこの先生は学校英語専門でしたから、FENなど聞いていなかったと思います。その先生の息子さんは英語を使いこなせる青年でしたが、私が毎日マイケルやpart  time loverやクイーンを聴いていたとは思いもしなかったようです。

最初は歌詞が聞き取れなくて、何度も聴いてスペルを想像しながら書き出してみて、辞書を引きながら単語を特定し、単語を繋げて文章にして、スラングもわからないくせに再び辞書を片手に意味を推測するという気の遠くなる作業が何だか楽しくて、時間を忘れて没頭することもありました。とはいえ、人生経験も語学力も足りない子供に歌詞の魅力などわかりません。

映画の中で、そして映画の後にユーチューブで曲を聴き、耳が覚えている曲と辞書を引かなくてもわかるようになった歌詞が2019年にようやく合わさって、クイーンの魅力に気づいたのです。子供の頃にこの曲を理解できていたら、人生ちょっと違っていたのではないかしら。

そういうわけで、今日は会議の間もずっとRadio gagaとMama...Life had just begun...が頭の中で鳴り続けておりました。平和ですね。

「洗骨」感想文

映画館の帰り道はまだモヤモヤとして言葉にならなかった思いが、一晩経つとどうにか形になることがあります。

私のモヤモヤは、弔いの在り方でした。

誰かが亡くなると、誰かが業者に連絡して、病院まで遺体を引き取りに来てくれたり、家に帰ったら既に祭壇が出来上がっていたり。火葬場でお骨を拾って帰ってきたら、清めの塩が用意してあって祭壇は小さく設え直されていたり。

「洗骨」には業者は出てきません。日取りを決める基準があるのかもしれませんが、家族と親族が集まってすべてを用意して持ち込みます。骨を洗う盥や水も、洗った骨を並べて乾かす敷物も、頭蓋骨を地面に置かないための小さな折り畳み椅子も、正気ではやっていられない人が飲むお酒も。時間がかかる作業だからお重に詰めたお弁当も要ります。本物の家族葬です。しかも暑い。映画ではなかったけれど、もし当日島を後にする人がいたら、時間との戦いも入って大変な戦になることでしょう。

巷で流行りの家族葬は「シンプルで楽」だから広がっているようですが、粟国の「家族葬」は家族への負担がとても大きな儀式のようです。

骨にこびりついた髪の毛の束が盥の水の中でズルっと剥がれて行く光景は、普通は怖い、気味悪いシーンです。でも、大事に抱えた頭蓋骨を手で優しく撫でるように洗うので、怖くありません。これを見ながら、生前は善人であれ、誰かを苛めるなと、邪なことを考えてしまいました。

幽霊も死者も骸骨も、随分いろいろなイメージが作られてきたので、言葉を聞いただけで怖いものと認識してしまいます。もし怖いという感情に襲われないとしたら、その人の温もりや声を知っているからでしょうか。

作られたものというならば、お葬式のイメージも手順もそうです。小さな離島では葬儀場を作るのも大変でしょうし、洗骨の風習が残っている背景には、人々の思いなのか、他の選択肢がないのか、判断しかねる所があります。けれども、高炉のスイッチではなく、時間をかけて家族を弔う様子から集落の営みを描いた「洗骨」という作品、私は好きです。

ただ、この作品には至る所に笑いがこみ上げる仕掛けがあって、哀しくて泣いているのか、おかしくて泣いているのかわからなくなってしまいます。目の周りの化粧が一番とれやすいタイプの映画ですが、観終わったら、心がすっきりします。

パクチーと頭蓋骨

照屋年之監督の「洗骨」を観ました。粟国に住んでみたくなるような話です。

最初から最後まで、観客席にはクスクス笑いと鼻を啜る音が入り混じっていました。笑いと笑いを繋ぐのがすすり泣き、涙と涙を繋ぐのが笑い。

残念ながら私は映画を評するほど沖縄という場所を知りませんので、印象に残ったことをいくつか書き連ねてみます。

まずは死んだ妻の棺桶。膝を抱えた状態で入棺するスタイルは今も健在なのでしょうか。沖縄ではありませんが、父が子供の頃に、丸い大きな桶(樽?)に膝を抱えて座る形の死者を入れて土葬し、数年後に掘り出して埋葬し直したという話を聞いたことがあります。とても怖かったそうです。 

幻想的であったのは、時代を特定するのが難しい島の生活。今もそうなのか、過去の話なのか、見分けがつきません。スマホだけが2010年代後半を示唆しているような、それを除けばいつの時代設定でも成立しそうな話に思えます。猫は出てきませんが、山羊が出てきます。 

気弱で優しい、傷つきやすいお父さん、息子、おじさん。男の人ってこんなにデリケートだったのか、沖縄の男だからそうなのか。ちょっと私は、男性に対して無礼であったかもしれません。男性は強くて大きいからちょっとくらい蹴飛ばしても大丈夫と、今までどこかで思ってたなあ。

その気弱な男の部屋に並んだ二組の布団。自分の布団と隙間を作らずきれいに整えられた妻の布団。呆れるし、そういう男は愛しくもなります。

 じゅーしーの上にパクチーを少し乗せて、美味しそうにかき込む奥田瑛二パクチーが気になって仕方なかったのです。ああいう食べ方もいいなあと思いながら。

 椿油を塗ることには、どんな意味があるのでしょうか。椿油はいつからこの島で使われるようになったのか、知りたくなります。私の祖母は髪に撫でつけていた椿油、万能油でしょうか。

 そして、頭蓋骨。棺桶の中を映すとは思わなかったのです。棺桶の中を映した瞬間、客席からも驚愕の声なき声が聞こえました。私もその理由がわかります。私の知っている頭蓋骨は、親族のそれらは、だいたい白かったのです。白くて、薄くて、少し力が入ると割れたり粉々になってしまうくらいしっかり焼かれた熱い骨。それとはまったく異なる骨が出てきたから、驚いたのです。人間の骨っていつも白いわけではないことを知りました。即身仏を見たこともあるので、白くない骨も見たことがあるはずですが、身内の骨というものは火葬場でのきれいなまでの白骨という観念が脳裏にすり込まれていたのです。

その日に消え去る命と生まれて来る命、生まれた命。日々、一瞬一時たりとも生まれたり消えたりすることが途切れるわけではないのですが、ことさら生と死の偶然に思いを馳せたくなる日もあります。

映画の素晴らしいラストシーン、今日生まれた命に祝福を。

パクチーよ、永遠に。できれば猫も見たかった。