我的杯子に詰め込まれた我的輩子の話です。

卵焼き

しばらく家を空けていたので、冷蔵庫の卵の賞味期限が2週間過ぎていました('_')。

小ぶりの卵が5個も残ってる・・・もう、面倒・・・と思って、まとめて卵焼きにしました。卵を割って、ちょっと思い出して、キビ砂糖大さじ1とお醤油小さじ1ちょっと。小口切りした葱を適当に加えて、よく混ぜて弱火でゆっくり、ゆっくり焼いてみました。私的には、いい感じの黄金色。

これ、おとーさんのおかーさんの味になっているだろうか。モノがなかった時代の田舎の卵焼き。今度、聞いてみようと思います。

キジムナー

やちむん通りでキジムナーに会いました。1人でお店の入口近くに座っておりました。

お店の人に聞いたら、あの子はとても人気があってすぐに売れてしまうので今は一体しかない、今朝のお客さんも買いたいと仰ったのだけれど、一体しかないから(複数で来られたお客さんかしら?)諦めて帰られた。もうすぐあの子も売れるでしょう、とのこと。

それを聞いて、ピンときました。キジムナーは私が来るのを待っていたわけです。というわけで、今日からうちの子になりました。残り物には福があります。私のために頑張って残っていてくれてありがとうね。

今日はちょっと落ち込んで那覇に来たのです。私は人に話を聞いたり、文章を書いたりする仕事もします。でも、父の語りを引き出すことはできないのです。そのことがずっと心に引っかかっていて、それを殊更思い悩んだのは週末も仕事で疲れがたまっていたからかもしれません。キジムナーの顔を見て、そういう悩みが薄らぎました。消えない悩みではあるけれど、考えてみれば、世の中の多くの人は、自分の物語を残すことなく、静かに消えて行くのかもしれません。

贈り物

最近、ハンカチを頂く機会が増えました。たいてい女性からの贈り物です。一方、男性はスカーフをくださる方が多いです。あまり親しくない方でもそれを選ぶようですし、複数の方が贈ってくださったところをみると、スカーフは女性への贈り物の定番なのでしょうか。

こうしたスカーフを私はほとんど使いません。ハンカチはすべて使わせて貰っています。誰から貰ったかではなくて、スカーフは顔周りの比較的大きなスペースを覆うので、どれでもよい・・・わけではないのです。服との相性や身長とのバランスもあります。肩の張り方や肩幅によってもスカーフの収まり具合は変わってきます。それに比べて、ハンカチはちょっとしたアクセントみたいなものだし、たいてい鞄の中に入っているので、どんな柄でも色でもよく、自分が買わないタイプのものを貰うと楽しかったりします。

頂き物のスカーフは、光沢のあるシルクであることが多いです。きれいなのですが、肩にかけるとスルリと落ちやすい。シルクウールだと滑り落ちないのですが、それは親しくない人へのお礼には高すぎます。コットンも味わいがあって素敵なのですが、贈り物にするには個性が強すぎるかもしれません。シルクのスカーフは実用面では役に立たないけれど、無難なのかもしれません。店員さんもきっとシルクのツルツルしたスカーフを勧めると思います。

いろいろ難癖をつけていますが、贈ってくれた人の気持ちには感謝しています。だから、貰った後で「どうしよう」になるわけです。でも、もしかしたら相手は贈ることが目的で、使ってほしいなんて思ってないかもしれない・・・、いつものように、いろいろ考えてしまいます。難しいですね。

人から頂いたものだけではなくて、自分が贈ったものも同じような状況にあるようです。先日、実家に寄りましたら、父に「お前が贈ってくれたオイルヒーター、処分してもいいか」と言われました。デロンギのオイルヒーター、壊れてはいないしキャスターもついていますが、重くて存在感がありすぎるのです、たぶん。それに、電気代が高い。乾燥肌で寒がりの父がエアコンをつけて寝ており、居間ではストーブを使っていたので、部屋の空気があまり乾燥しないように、火を使わなくても済むようにと贈ったものでした。それから10年余り、ストーブは毎年愛用され、寒い夜はエアコンのスタイルも変わることなく定着しています。馴染みのないオイルヒーターは居場所を見つけられずにいたようです。

贈って一番喜ばれるもの、迷惑にならないものって何だろう。思いつくのは、その人を思いやる言葉、労いの言葉。モノならば、普段使いのもの、すごく特別というわけではないもの。

それほど珍しくないものや、何気ない言葉が、贈ってくれた人や言ってくれた人によっては一番の宝物になる。そして、何年経っても邪魔にならない。そういうのがいいなあと思います。

距離

夫婦にはそれぞれ独特の距離感があるのだと、あるカップルの後ろを歩きながら思いました。マンションのゲートから、30センチほどの距離をあけて最初に夫が、次に妻が出て来て、ほぼ横並びに歩き始めた二人の距離は1メートル以上離れていました。

会話もなく、あれ、もしかしたら他人だった?と思っていたら、二人の横を逆向きに自転車が走ると、カップルの距離はだんだん近づいて30センチを切り、少し速度が落ちて、動詞だけが明瞭な会話が始まりました。何か問われた相手の返事は風に吹かれながら「うん?」「うん」。

老親を振り返れば、入退院を挟むと相手がいてくれることのありがたみが実感されるのか、何となく猫みたいに寄り添っています。

夫婦の距離は誰にもわかりません。妻は、夫に従っているつもりでいて、夫が目の前にいない時には「お父さんはわかってない」とつぶやいたりする。夫には、塩を入れた薄味の「お母さん」の卵焼きも悪くないけれど、醤油と砂糖で作った「おとーさんのおかーさん」の卵焼きが食べたいという思いをずっと隠してきた過去がある。成人した子どもは、そんなものかなあと思いつつ、どうでも良さそうな事にも思えて、いい加減にしてぇと思っていたりする。試しに醤油と砂糖で卵焼きを焼いて二人に食べさせたら、「懐かしい。おばあちゃんの味に似てる」と、母の母の味に行きつきました。「おとーさんのおかーさん」は「おとーさん」が10歳の頃に亡くなったので、それは幻の味になってしまい、どうやっても再現できないようなのです。お父さん、お母さん、おばあちゃん、と呼ばれる関係性は、子どもを中心に作られたもの。それとは別の、子どもが気づかなかった夫婦の関係性。

私が生まれる前、父は義理の両親を何と呼んでいたのかしら。

私の身近な人たちはそれぞれいくつもの関係性を持っていますが、その関係性と並行して「わたくし」を持っていて、時々、時には長く、孤独や違和感や悲しみを感じることがあるようです。そんな当たり前のことを、今頃、子どもが気づいたりします。

2016年6月3日のこと

随分前のような、つい先日のことのような。旅先での記憶のすべてではなくて、わからないから蓋をしておいた1時間ほどのこと。西表の公民館でおじさんたちが歌った歌のこと。皆が歌詞を覚えているわけではないらしく、紙を見ながらおぼつかない様子で口ずさんでいた人も何人かいたこと。2016年6月3日。今なら、もう少しいろいろ引っかかりを見つけられたと思うのです。あの歌には、その後の踊りには、それぞれどんな意味があったのか、そこに出された食事にはどんな季節感があったのか。何も知らずに行ってしまって、本当に惜しいこと。 

f:id:wodebeizi:20190519212643j:plain

写真を見返すと、今ではコースターの素材の方が気になります。


f:id:wodebeizi:20190519211605p:plain

このところ、『八重山を学ぶ』という教科書みたいな本を読んでいました。随分前に読み始めたのですが、さらっと読み進めることができなかったのです。特に歴史のところ。いろいろ引っかかるので、毎晩数ページ程度。休日に十数ページ読んでは、疲れてしまいました。

端っこに住む人たちの物語ですが、私が学校で昔習った歴史と、同じ時代なのに違う人物、違う制度で語られる。場所が違うとこうも見え方は変わるのか、という衝撃。彼らの歴史が日本語で書かれ、語られることは、「当たり前」なのか、島の人はどんな八重山の発展を思い描いていたのか、「八重山」の一体感とそれぞれの島の関係がどうだったのか、という疑問。

活字文化の興隆と、教育熱、学習熱の高さが伝わってくる郷土出身者の活躍、写真から垣間見える近現代を生きる女性のおしゃれへの関心、伝統行事の継続が語る複雑な人間関係。知る由もなかった八重山の昔。

本土と違う風土、伝統、上下関係、昔から伝わる暗黙のルール、本土の官吏との軋轢。人の世だから、小さな島に住む皆が善人とは限らなかっただろうし、狭い世界で息が詰まることもあったと思います。島で暮らすというのはしんどいことなのだなあと知らしめてくれた本。憧れだけで「素敵な島」という思い込みを崩してくれた一冊。

端っこというのは、どこでもグレーゾーンになりがちなのか。グレーに見えるのはこちら側から見るからでしょう。グレーゾーンの中に立ってみれば、目の前には青い海が広がっているのでしょう。全然グレーじゃない、海のルール、山のルール、集落のルールがあったのだと思います。忖度グレーもあったかもしれないけれど。

アメリカの軍人の名前が付いた道路が今もあるということが、とても印象的でした。次に行ったら、その道を歩いてみたいです。

f:id:wodebeizi:20190519203358j:plain

 

琉球と台湾と

知らない誰かのインスタで見かけて、あれっと思ったのです。

琉球犬という犬がいるらしいです。私は見たことがないから知らないけれど、琉球犬の舌には黒い斑点があるのだそうです。

それって、台湾土狗と呼ばれる台湾犬にもあります。

シーズーだのフレンチブルだの飼い犬の定番を見慣れていると、細身で真っ黒な台湾犬はちょっと怖い感じがしますが、琉球犬を写真で見る限り台湾犬より野性的な印象を受けます。

舌に黒い斑点をもつ犬は他にもいるかもしれないけれど、沖縄には沖縄の固有種が、台湾には台湾の固有種がいて、共通点もあると思うと、何だか楽しい。猫は、琉球猫とか台湾猫って言わないと思いましたら、…いえ、琉球猫はおりました。 

f:id:wodebeizi:20190511204514j:plain 

台所で立ち話

自分が貰ったのだから最後まで責任をとる。

80を超えた男の言葉です。

ああ、この人は、こういう覚悟でずっと過ごしてきたのかと、初めて知りました。

台所での立ち話。私以外は誰も知らない言葉。

自分が生活するスペースだけどうにか確保するかのように、他の場所は掃除の手が回らない様子。お仏壇のお茶は何日換え忘れていたのか、茶葉が入っていたので黴が生えていてびっくりしましたが、それは妻の日課とインプットされたままなのでしょう。

それでも自分で食事を作り、仕事もしているし、病院もちゃんと行っていると自慢するこの人を、すごいなあと思っています。できることをできる範囲でする、したいことはちょっと無理してでもする。そういうスタイルのようです。

80を過ぎた人が発する「責任」の言葉は重すぎて、圧倒されます。いろいろあったけれど、この人を一人の人間としてみれば、ちょっとしたお芝居の脚本になるくらいの魅力はあったのかもしれません。家族だからこそ見えないこともあるわけです。

高齢だからといって一括りにするのは間違いかもしれないと思いました。