我的杯子に詰め込まれた我的輩子の話です。

おばさまか、おばちゃんか

コートがないから外出時は寒い、と母が言う。

いや、あります。関東の大都市にお住まいの母の姉が送ってくるおばさま風コートが何枚も。数だけなら私よりお持ちです。でも、姉の好みで送ってくるカッコいい黒のロングコートは、母の好みには合わず、箪笥の肥やし。代わりに、四半世紀前に娘が北京の冬を乗り切るために買ったダウンコートを着ていましたが、前ファスナーは年配の手には面倒なはず。

母の好みと年齢にともなう体の変化によると、膝より上の丈で、軽くて、首周りが暖かくて、ファスナーではないものがよい。大事なのは、外見がそこそこオシャレで可愛く見えること。可愛いは大人可愛いであって、キャラクターなどはもってのほか。一番大事なのは、自分の好きな人に選んでもらうこと。

母は自分の姉が少々苦手で、高価なものをプレゼントされても嬉しくないらしい。そして、どんなに喧嘩してもきついことを言われても、娘は信頼できるらしい。

その娘が、師走30日の夕方にスーパーマーケットのバーゲンでおばちゃん風コートを3980円で手に入れ、走って帰宅してクロネコさんに託しました。

翌、大晦日の朝、母から電話。サイズはちょうど良くて暖かいし、色も素敵、自分で言うのも何だけど襟が可愛くて私にピッタリ、だそうです。

それはようございました。

そして続けて、市の見守りサービスに登録してみようと思う、と言いました。これまで知らない人や役所と繋がることを極力避けてきた母が、自分からサービス利用に関心を持ち始めたのは、我が家にとっては大きな一歩前進。敷居を跨いで次の間に入る感じです。

アナログが止まらない

手書き手帳や腕時計復活のずっと前、今年の4月から、家計簿の支出管理をエクセルから大学ノートに変えました。買ったものを一つずつ品目と値段をメモし、購入先ごとに小計と店名を書き残す作業は面倒。それで、買い過ぎが減りました。

価格の変化もよくわかります。小さくなった冷蔵庫との相乗効果で、無駄遣いが減ったように思います。

パソコンで管理していた時は、食費、光熱費など、大雑把に分けていたのですが、それだといつ何に使ったのか把握できませんでした。今はとりあえず全てつける。余裕があれば月末にカテゴリごとの小計を出してみたりします。購入のスパンも掴めましたし、何よりこの面倒さが数ヶ月も継続できている。私のアナログ度はかなり高めじゃないかと思います。

手帳

手帳を使いこなすのが苦手です。スマホのカレンダーを利用するようになってから、さらに手帳使いが下手になりました。

スマホに管理されてもいいかと思うけれど、上手くいきません。スマホに入力する時に、年や日付を誤って入力してしまうミスは何度もやりました。それで、頼まれていた会議の議長代理をすっぽかしたこともあります。

締切が守れる手帳というのを2年使ってみたけれど、原稿の締切は遅れました。

小さめの手帳だと、用事が立て込んでいる日は書き込むスペースが足りません。

物価高のせいか、手帳の価格はどれも上がったような気がします。どうせ途中から書かなくなると思うと、書店の手帳コーナーで足を止める時間も短くなりました。

というわけで、来年は小さめの大学ノートに線を引いてカレンダーを作り、そこに予定を書き込むことにしました。見開きが1ヶ月分のスペース。週の始まりは月曜日です。

試しに2ヶ月使ってみると、まあまあ継続できそうです。地図や住所録など使わない機能が一切なくて手軽です。年間スケジュールも年に2、3回しか見ないので、省きました。

 

アナログに戻したのは手帳だけではありません。30年近く前に買った腕時計も電池交換で復活させました。いちいちスマホを取り出さなくても、左手の甲を少し上に向けるだけ。快適です。

 

一周忌の風景

久しぶりに会った母の顔色が良い。父には申し訳ないけれど、父が亡くなってから、彼女は生き生きと楽しそうである。
良いことばかりではなくて、これまで父がすべて担ってきたであろう諸々の書類の処理に泣かされたり、今年に限って国勢調査が行われてどうすればよいかわからず娘に泣きついたり、夏には独り相撲で転倒して頭を打ち、目の横が腫れあがる怪我をしたりした。甥っ子が自分の顧客である保険外交員のために母に押しつけたケガ保険は、ささやかな年金をさらに削り、証書も渡されず、娘が本社に連絡して遠隔操作で請求処理したものの、掛け金と保険金を天秤にかければ保険会社への寄付にしかならなかったことを、母は身を以て体験させられた。腹が立った娘は甥っ子をどやしつけ、保険会社の本社と地域統括支部に苦情を申し入れ、外交員を出入り禁止にした。

けれども、一つ一つ課題を乗り越えて来た母の表情は、一年前よりずいぶんと逞しく、明るい。自分でできることが増え、話す内容もはっきりしてきた。急かさなければ、彼女は自分の言いたいことを言葉を選びつつ、言い換えつつ、時間をかけて表現しようとする。そんな姿は、娘には新鮮に映る。
娘も反省しきりではある。何せ時間の観念が合わない。いつも何かに追われている娘と、自分のことをやりさえすればよい母とでは、歯車がかみ合わないことの方が多い。母から電話が来ると、娘は、今度は何のトラブルだ?と思ってしまう。それが口に出てしまうこともある。
では、この一年をふり返って母を嫌いになったかといえば、嫌いだ、もう嫌だ、離れたい、と思ったこともあるのに、それだけではないことに気づく。母は、動きが悪くなった体と、独特の感性と表現と、そして時々どうしてもこれは嫌だという時に見せる途切れない言い訳を通して、私に語りかけてくる。私が母の年齢に追いついた時、どうしても嫌なことがあれば、嫌と言っていいんだよー、そこから動かなくていいんだよ、と教えてくれている気がする。
母はこの一年、私の生活に多大なる面倒を持ち込んだ、本当に、笑!その処理にかかる時間だけではなく、腹が立ったり、落ち込んだり、仕事が手につかない状態になったことも度々あった。でも、総合点をつけると、彼女はチャーミングである。
さて、先日、会った時のこと。
…お父さんは漬物が好きだったから私も食べていたけど、考えてみたらそれほど好きというわけでもないし、このところ買わなかったら、血圧が下がって正常になった…という。漬物のせいだけではなかろうが、上が200近くあったのに130に下がったらしい。食事の支度を急かす人がいなくなり、実家の食卓からインスタント食品やスナック菓子が消えたことも、一因ではないかと思う。
お母さん、その調子。体の不自由は確実に増えている。だからこそ、これからの時間を、あなたらしく生きてください。

初盆に思う

人が亡くなるということは、その人がいた頃の人間関係が変わること。

思い出に浸る時間が過ぎ、その人の声を懐かしむ時が過ぎれば、

時にロシアのウクライナ侵攻の如く豹変する人もいれば、意味のないマウントを取ろうとする人も出てくる。

ああ、その人は、何も言わず、こういう輩の口と手を封じばっていたんだなと、今さらながら思い至る。

小確幸

20年近く使っても正常に稼働してくれた冷蔵庫を買い換えました。

365リットルのスリードアは、20年前ようやく安定した仕事について、嬉しくて勢いで買ったもの。不思議なもので、冷蔵庫が大きいと、買い物の回数も量も増えました。

ただ、年齢を重ねて若い頃ほどガツガツ食べなくなり、掃除も面倒になり、買い替えようかなと思った矢先。雑誌で一人暮らし、二人暮らしのキッチンに小さな冷蔵庫があるのを見て、よし、小さいのを買おうと、即断しました。それから1週間、ほぼ機種が決まり、旧い冷蔵庫のリサイクル料金との合計額を比較して、通販で購入しました。

53パーセント容量を減らした新しい冷蔵庫の中には、スカスカだった旧冷蔵庫内に入っていた残り物や調味料や乾物が、さすがに今は満室御礼でぎゅうぎゅうに詰め込まれています。でも、自分の身長より低くなった冷蔵庫は圧迫感がなく、我が家のキッチンに馴染んでいます。

店先で品定めをしながら冷蔵庫に何があるかすぐに思い出せるようになり、買い過ぎはなくなりました。豆腐も卵も、今日調理しないならば少なめを選ぶようになりました。とうもろこしも4本入りはやめて1本に。塩トマト1パック6個入りをやめてミニトマト1袋に。

たくさん買わない幸せを味わっています。

おひとりさま

父亡き後、体力気力を使い果たした母と年末年始を我が家で過ごしたものの、およそ30年の別居時間は親子というより他人と考えた方がよいほどの生活上の違いを生み出していました。

猫がいなければやり過ごせなかった親子が出した結論は、元通りの別居。母を実家に送り届け、本当に一人でやっていけるのか心配ではありましたが、私は母のために自分の人生を諦めないことに決めました。

そして3ヶ月余り。私と時間の観念が合わなかったり、衝突も度々ありますが、母は今が一番元気でいい笑顔をしています。杖を使っての一人外出にも慣れてきました。

結婚するまで実家暮らし、結婚してからは父と暮らし、たまに独立した娘を訪ねる程度だった母は、83歳にしてようやく一人暮らしを体験しています。私が20代で経験して以来手放せなくなった自由を、彼女は今体験中。

その様子を見て、ケアマネをつけた方が安心という考えは、介護(候補)側の都合ではないかと思い、まだ、福祉には繋げていません。

知らない人と話すのが苦手な母にとって、福祉関係の人と面談するのはかなりハードルが高いようです。いよいよ動けなくなったら自分で地域包括支援センターに連絡すると言う母は、私がセンターに連絡するのを阻止するための言い訳を次から次へと口にします。そのくらい口が達者ならまだ大丈夫だねーと、私の根負けです。

どうやら高齢者のおひとりさま時間は、かなり居心地が良いようです。