我的杯子に詰め込まれた我的輩子の話です。

活字天国

つい先週、石垣島に行って来ました。たくさん面白いことに出会ったのですが、

小さな事がとても鮮明に記憶に残っていたりします。

新聞です。

ホテルのフロントの「ご自由にお持ちください」の新聞。コンビニの新聞売り場の新聞。「内地」で見慣れたメジャーな新聞が見当たらなくて、八重山毎日新聞八重山日報琉球新報、あと、沖縄タイムスだったと思います。

すごーい!オール沖縄ですね。でも、博物館の人は「沖縄に行く」と仰っていたので、八重山と沖縄を一緒にしたら怒られるでしょうか。

4紙のうち、少なくとも2つは石垣島が本社ではないかと思います。

とても文化的な島だと思いました。

ハグ

お天気のよい週末の朝、思い立って用事ついでにお墓参りに行きました。

同じ墓苑に我が家を含めて母系繋がりのお墓が3基ありますから、お供えも掃除も平等に3軒分です。山を切り開いた墓地なので坂道も急です。以前あった小さな焼却炉は撤去されたのでゴミは全部持ち帰らないといけませんし、水汲場も離れています。

いつの頃からか、お掃除のために一人で参るようになりました。高齢の親を連れて行くと一日がかりになって私の疲れも倍増するからです。とはいえ、私が行くのは年末かお彼岸前の年一回程度。普段は親や親類任せでご無沙汰しています。

我が家の墓を含めて2基は水汲み場に近いので、こちらを先に掃除、お花を替えて・・・昨日はうっかりお線香を買いそびれてしまい、蝋燭だけ。ごめんね~と言いつつ、とりあえずこざっぱりさせました。以前は近くのコンビニにお墓参りに必要なものはすべて売っていたので、思いつきでお墓参りをしても困らなかったのです。2、3年前にコンビニはなくなってしまいましたが、私はそのことをすっかり忘れていました。

でも、私がおっちょこちょいだとお墓の下の人たちはわかってくれていますので、きっと許してくれるでしょう。

さて、祖父母の墓だけが遠く離れているため、バケツに水を汲み直して、坂道を延々と上ったり下りたりを繰り返し、急な石の階段を下りて、やっと到着です。一通りきれいに設えて、さあ帰ろうと思いましたら、何となく、祖父の口癖が思い出されて、足を止めました。

「もう帰るんか」

小さな頃から、毎回、聞かされた言葉。喧嘩をした時も、私の帰り際にいつも言ってくれた言葉。最後は部屋の奥に引っ込んで見送りはせず、「また来いよ」と奥から声が聞こえていました。

昨日知ったことですが、祖父母のお骨を京都の大きなお寺に移すと、彼らの長女が決めたそうです。来年、このお墓の掃除ができるかどうかわからない。「もう帰るんか」という声が懐かしくて、思わず墓石に抱きつきました。しばらくそうしていたと思います。山の上で墓石に抱きつく女、他人が見たら変だと思うでしょうが、日当たりの良い墓地の墓石のてっぺんはお日様のおかげでとても温かく、気持ちよかったのです。

おじいちゃんの温もりです。

苦手な仕事

苦手な仕事は時間がかかります。

いつの間にか自分の視野が狭くなっていたりして、行き詰まってしまいます。情報は増えたのだけれど、どう纏めるのか、何を捨てるのか、判断するのは難しいです。

「今、こんな仕事しているのだけど、なかなか進まないのよね」と、ぼやいてみましたら、「あ~それはこういうことがポイントよね」とちょっとしたヒント、基本中の基本を一言だけ言われました。最初は頭に入っていたはずの事が、情報の山に埋もれていつの間にか薄らいでいました。

おかげで、やるべきことが手元の情報と結びつくようになりました。捨ててもよいことを捨てて、拾うべきところをちゃんと拾えているか、ドキドキしながら纏めるのは私ですが、纏められる方もドキドキしているかもしれません。私にできる範囲で、誠意を込めて仕上げたいと思います。

忘れる

直近の誕生日、母は忘れていたようです。

その前の誕生日までは電話かカードが届いていましたが、この間の誕生日は音沙汰なしで、何かあったかと心配になってこちらから電話を入れました。私の誕生日は、親が元気でいるか確認する日になりつつあります。

娘がなぜ電話を入れたかも気づかなかったようで、まあ元気なら良かった、です。わりと、うちの親は昔からこんな感じではありますが。

ふと、こうして少しずつ別れて行くのかなと思ったり。いつもあったものがある日急に失われることの怖さと、日々少しずつ薄れていっていつか消えていくこと。どちらかわかりませんか、誰にでもいつかやって来ることですね。

親だけではありません。

私も日々やらねばならないことに追われて忘れていくことが多すぎます。私も彼らの通った道を追いかけているような気がします。

選ぶ

大学生の就活が始まったそうです。大学生対象ではありませんが、私も人を選ぶ局面に立っております。選ばれる方の気持ちもわからないではありませんが、提出書類に小さなミスが複数あると、好感度は下がります。心の中で、この方ではないなと思ったら、書類上の漢字の間違いとか指摘します。気づかずに同じ書類を他の所へ送ったら、その方の印象はいつまでたってもよくならないと思うからです。指摘した時の反応を見て、やはりこの方ではないな、と確信することもあります。

私が今の職場で面接を受けた時、面接を担当してくださった5人のうち4人はニコニコしておられました。おひとりだけ、私が面接課題で作成した書類について「こういうありきたりのは要らないんです。こんなことをお願いしたいのです。作り直してください」と言われました。それでも私を選んでくださり、しかも着任する前に職場で期待されていることを準備できましたので、本当にありがたい注意でした。10年ほど経ってその方が退職される時、ご挨拶に行きましたら、「え、そんなこと、僕言ったっけ?」と完全に忘れておられましたけれど。良い人に巡り合えて幸せでした。

選ぶ側の条件を、選ばれる側がいつも把握しているわけではありません。30年近く前、当時の職場で外国人のディレクターが私を秘書に内々で指名したことがあります。本人のみならず、周りもビックリ仰天でした。その外国人は日本語がほとんどできず、私は英語で仕事をこなすほどの力はなく、5分程度顔を合わせただけの間柄でした。たぶん、Very glad to see youとか、そんな一言しか言ってないはずです。とても不思議に思った当時の日本人上司が、あの子よりも英語ができる社員はたくさんいると進言しましたら、思わぬ返事が返って来たそうです。私が選ばれた理由は、余計な事を喋らないから、でした。英語は慣れるし、仕事は自分が教えるから心配しなくてよいとも仰ってくれました。ただ一つ条件がありました。人事刷新という敏感な問題を担当するために本社から派遣されたディレクターには、英語の上手い日本人秘書がついていましたが、社交的な彼女は、いつ誰が上司を訪ねて来たのか、聞かれたら何でも答えていたそうです。それに困ったので、私が選ばれたというわけでした。しかし、そのような秘書をいきなり辞めさせては何をするかわからない、ということで、しばらくは他の部署で待機してほしいという条件でした。諸般の事情で私は秘書になる前に退職しましたので、今となっては夢の話ですが、人は何が評価されるかわからないものだと思いました。

今回、私は選ぶ立場にありますが、私の一存で決まるものではありません。私たちが何を求めているのか、何を備えていてほしいのか、選ぶ側も慎重に真摯に向き合っていかなければと思っています。

眼鏡

眼鏡を新調しました。フレームは紫縁で、私が生まれた年に創業した鯖江の会社の製品です。レンズは、ちょっと大きめにしました。

近視が強いので、レンズの中でガクッと顔の輪郭が内側にずれるし、目が小さく映ります。そういう意味では美しくはないのですが、視野が広がったので、他人の目さえ気にしなければ快適です。

これまでかけていた眼鏡は赤縁のスウェーデン製で、かけた時にレンズの厚みが目立たないように極力小さめのフレームにしていました。でも、使い勝手がいまひとつだった上、先日、強風で跳ね返った洗濯物にあたって真っ二つに割れるというアクシデントに遭いました。怪我がなくて幸いでした。

眼鏡を作り直すのはお金も手間もかかって面倒です。私はそこそこの年齢になりましたので、検診も兼ねて眼科で視力を測ってもらいます。手間に加えて、相場がありません。さすがに上限はある程度設定しますが、ピンキリ揃えた眼鏡屋さんはデパートみたいなもの。納得がいく一本を選ぶために20本以上のフレームを試し掛けさせてもらいました。

私の場合、レンズは一番薄型で軽いものと迷いがありませんので、フレーム選びだけがポイントになります。10年に一度くらいしか作りませんので、その間にフレームとレンズは着実に進歩しており、買い替えはお得感があります。

もちろん安いにこしたことはありませんが、私という人間の印象を決めますし、使い勝手も良くないと意味がありませんので、妥協しない買い物のひとつです。

見た目の美しさを追求した前回までに比べ、最近は今までの自分と違う印象を与える眼鏡に惹かれます。でも、人前に出る機会もありますので少しは綺麗さも気にします。こと女性のお客さんに対しては、眼鏡屋さんのアドバイスは柔らかさと優しさが軸になるようです。優しく見えることが仕事上、邪魔になることもあるのですけれどね。

なりたい自分と世間が期待する自分の間には、レンズの内と外で顔の輪郭線がガクッとずれるくらいの差があるようです。

猫とじいちゃんとばあちゃんの島

私が住む市内にも保護猫カフェができたそうです。その一方で、職場に住みついている猫は目を病んだらしく、可哀そうではありますが、今のところなすすべがありません。

やるせない気持ちとは、こういうことを言うのでしょうか。心を落ち着かせようと、オフィスに寄って30分ほど座り込んでいました。

さて、今日はお休みを頂いて『ねことじいちゃん』を観に行きました。動物ものはあまり観ないのですけれど、タマのポスターが可愛かったので、公開初日の最初の上映時間に行きました。これは多分、正解。

初日とはいえ、平日の朝ですから、普通は映画館にあまり人はいないのです。でも今日はわりとお客さんが入っていました。しかもほぼ全員が、いつでも大吉さんやトメさんの代役が出来そうな年齢の方たちです。半分くらいは男性でした。これは、夕方17時40分からの最終上映では見られない光景だと思うのですよね。ご夫婦連れも何組かいましたが、男性一人で見に来ていらっしゃる方も少なくありませんでした。私は映画も好きですが、映画を観に来る人たちを観察するのも好きです。

「ねことじいちゃん」は、佐久島の美しい風景とのびのびとした猫たちが主旋律となって、老いと過疎と少しの青春が描かれます。あんたがいなくなったら私は誰と喧嘩すればいいのよ、という言葉には泣かされました。物語はとてもシンプルで、登場人物はみんないい人という理想郷ですが、それでも一人、また一人と鬼籍に入っていく、あるいは島を出て行くことで、登場人物に制限時間が言い渡されていくように思えます。

東京で暮らす息子の部屋は、マンションの書斎スペースでしょうか。狭い空間は机と椅子の周りをいろいろなモノと本棚が取り囲んでいます。隙間がないほどごちゃごちゃした机の上を息子の猫が歩き回る。嫁と娘の顔は映画に出てこない。一緒に住もうよと何度もお父さんに呼びかけながら、どことなく自信なさげな、頼りない雰囲気があります。

狭い息子の部屋とは対照的に、一人と一匹が悠々と暮らす大吉の家。巌の家。サチの家。猫と島の人々との良い所だけ拾い集めた作品。写真家が撮った映画を、私は初めて観たかもしれません。この人は猫を撮らせたら上手いというけれど、佐久島の美しさがじんわりと伝わってくる映画でした。